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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13772号 判決

原告 有限会社シティーファクタリング

右代表者代表取締役 矢野申謙

右訴訟代理人弁護士 嶋倉釮夫

被告 遠藤邦男

被告 神山登

右両名訴訟代理人弁護士 本間勢三郎

右両名訴訟復代理人弁護士 櫻本義信

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五〇八万一五六六円及びこれに対する昭和五八年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三〇四八万九四〇〇円及びこれに対する昭和五八年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年四月一日金融を主たる目的として設立された会社であるが、実質的には、当時代表取締役であった安田浩と取締役であった矢野申謙(以下それぞれ「安田」、「矢野」という。)の両名が共同で出資し、経営する会社であった。

2  事実経過

(一) 矢野は、原告設立後、旧知の間柄であった司法書士の高野崇(以下「高野」という。)に原告の融資先の紹介を依頼していたところ、昭和五八年七月末ころ、高野から、土地を担保に融資を受けることを希望している者がいること、その話は、金融関係の仕事をしており同年五月ころ高野の紹介で会ったことのある被告遠藤邦男(以下「被告遠藤」という。)の紹介によるものであることの連絡を受けた。

(二) その二、三日後、被告遠藤は、藤沢市《番地省略》所在宅地二九三・三九平方メートル(以下「本件土地」という。)の登記簿謄本及び公図を持参して矢野のもとを訪れ、矢野に対し、右土地所有者の鎌田正策は自分が昔からよく知っている人間で間違いないこと、同人は事業資金として三〇〇〇万円借りることを希望し、その担保のため右土地の所有名義を原告に変更してもよいと言っていること、右土地の時価は六〇〇〇万円位であること、いい話であるから是非金を出してやってくれと申し述べた。

(三) その後、右申し入れは、他に融資先が見つかったとの理由で一旦キャンセルとなったが、同年八月三〇日、高野から安田に対し、他からの融資がまとまらなかったとして再度先と同じ融資申し入れがあり、翌日本人らを同行するとの連絡があった。

(四) 翌八月三一日、高野、被告遠藤及び本件土地所有者の鎌田正策と名乗る男(以下「自称鎌田」という。)が安田宅を訪れ、安田及び矢野に対し、自称鎌田は、「自分は仙台で事業をしていたが、今度上京して仕事をすることになった。包丁セットを全国的に売る仕事であるが、そのために、さしあたりどうしてもまとまった金が早急に入り用となった。本件土地を担保に三〇〇〇万円を融資してくれないか。そのためには所有権の名義変更及び債務弁済の公正証書の作成に応ずる。」旨述べ、被告遠藤は、「その包丁セットは自分も見たことがあるが立派なものである。鎌田は赤坂に事務所を持っており、自分の事務所の近くで仕事をしている。」とあたかもその仕事ぶりをよく知っているかの如く述べた。

そして、登記必要書類及び公正証書作成に必要な委任状は既に高野が所持していたが、急な話であったことと自称鎌田とは初対面であったことから、安田及び矢野は、翌日登記所において原告に対する所有権移転の登記申請書類を提出するのと引換えに融資金全額(実際に交付するのは三〇〇〇万円及び高野の報酬も加えた登記関係費用と公正証書作成費用分であるが、三五〇〇万円の融資とした。)を交付することとした。

(五) 翌九月一日、自称鎌田と被告両名が藤沢の登記所に現れ、安田及び矢野に対し、被告遠藤は、被告神山を自称鎌田とは長年の付き合いで旧知の間柄のものであると紹介し、本件融資の話ももともとは自称鎌田から被告神山に相談があり、同被告から被告遠藤に相談があったものであると説明し、被告神山も、自称鎌田とは旧知の間柄である旨述べた。

そして、登記関係書類が登記所窓口に提出されたので、原告側は、三〇〇〇万円及び登記関係費用一〇〇万円を自称鎌田に交付した。

(六) ところが、その後、自称鎌田は本件土地所有者の鎌田正策とは全く別人の中島肇(以下「中島」という。)なる者であり、登記申請書に添付された鎌田正策の印鑑証明書、住民票及び本件土地の権利証がいずれも偽造書類であることが判明し、結局原告は、前記金員を詐取されたことが明らかとなった。

なお、右事件については、吉野良雄(以下「吉野」という。)、中島他一名(以下右三名を「中島ら三名」という。)が共謀のうえ原告から金員を騙取したとして有罪判決が確定した。

3  被告らの不法行為責任

(一) 被告らは、中島ら三名と共謀のうえ、原告から前記金員を騙取したものである。

仮にそうでないとしても、

(二) 被告遠藤は、原告に融資の仲介をするにあたり、

(1) 前記2(二)、(四)のとおり、自称鎌田の身元について、虚偽の内容の事実を告げ、もしくは同人が告げる虚偽の事実に対し異を唱えず、欺罔的言動をもって安田及び矢野をして自称鎌田の身元を信用せしめ、

(2) 本件融資は、三五〇〇万円の債務担保のため六〇〇〇万円はする土地の所有権を移転するという通常ではありえない話であるうえ、自称鎌田はその連絡先を被告遠藤に教えようとせず、融資を受けることをしきりに急ぎ、融資を申し入れた他の金融業者から調査に一週間位かかるといわれると直ちにこれを断るなど、その言動には疑いを持つべき点が多々あり、かつその身元を証明するものを一切提示できなかったことから、融資を斡旋するものとしては、自称鎌田の身元を確認する義務があったのに、これを怠った過失があり、

これによって原告に損害を生じさせた。

(三) 被告神山は、

(1) 暴力団の組長代行である吉野から頼まれて融資斡旋を被告遠藤に依頼したものであるが、右のとおり本件取引自体及び自称鎌田の言動に怪しむべき点があるうえ、右の如き人物からの話であることから、自称鎌田の身元につき確認し、真正な融資依頼であるか注意すべき義務があるにもかかわらず、これを怠った過失があり、

(2) のみならず、前記2(五)のとおり自称鎌田とは旧知の間柄であると虚偽の事実を告げ、安田及び矢野をして融資実行に踏み切らせ、

これによって原告に損害を生じさせた。

4  原告の損害

原告は、被告らの前記不法行為により、三一〇〇万円を詐取されたが、このうち貼用印紙代五一万〇六〇〇円の返還をうけたので、三〇四八万九四〇〇円の損害を被った。

5  被告らは、昭和五八年九月六日、原告に対し、損害賠償義務があることを認め、原告の被った損害のうち一五〇〇万円を共同して早急に支払う旨、念書を作成してこれを約した。

6  よって、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として(うち一五〇〇万円については、選択的に右5の支払い約定に基づき)三〇四八万九四〇〇円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2について

(一) (一)の事実のうち、被告遠藤が昭和五八年五月矢野と会ったことがあること、金融関係の仕事をしていたことは認め、その余は不知。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち、キャンセルの理由は否認し、その余は不知。被告遠藤は、自称鎌田との連絡がとれないのでキャンセルにするよう高野に申し入れたものである。

(四) 同(四)の事実について

(被告遠藤)被告遠藤の発言内容に関する部分及び高野が登記必要書類と公正証書作成に必要な委任状を所持していたことは否認し、その余は認める。

(被告神山)すべて不知。

(五) 同(五)の事実のうち、被告らの発言内容に関する部分は否認し、その余は認める。

(六) 同(六)の事実は不知。

3  同3の事実及び主張はいずれも否認し争う。

4  同4の事実及び主張は否認し争う。

5  同5は否認する。

三  被告らの主張

1  本件における被告らの立場について

被告神山はビニール加工業を営むものであり、被告遠藤は金融業者の従業員をしているものであるが、被告神山は、昭和五八年六月ころ、吉野から、藤沢の土地を担保に金を借りたいという者がいるので融資先の心当りがあったら紹介してほしいと頼まれ、昭和五七年ころ被告遠藤の勤務していた金融会社で手形割引をしたとき知り合った同被告に融資先の紹介を頼み、これを被告遠藤が高野に、高野が原告にとそれぞれ伝えたもので、被告らは単なる融資先の紹介をしたに過ぎない。本件金融の商談、登記関係書類の確認、自称鎌田の本人調査と確認は、原告が直接行ったものである。

2  請求原因5に対し

原告主張の念書は、被告らが、矢野及び安田の長時間にわたる執拗な追求の結果書かされたもので、被告らの真意に基づくものではなく、仮に原告主張の約定が認められるとしても、これは矢野及び安田の強迫を受けてなしたものであるから、被告らは、昭和六三年九月五日の本件口頭弁論期日において、右を理由にこれを取消す旨の意思表示をなした。

四  被告らの主張2に対する認否

右事実及び主張は否認し争う。

第三証拠《省略》

理由

一  不法行為に基づく請求について

1  本件融資がなされるに至った経緯については、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、他に不動産会社を経営する矢野と貿易会社を経営する安田とが、共同して金融業を営むため昭和五八年四月一日設立した会社であり、取締役には右両名(代表取締役は安田)が就任していた。

矢野は、金融業を手がけるのは初めてであったため、右会社設立の前後ころ、懇意にしていた司法書士の高野に、同人の知り合いで金融業に詳しい被告遠藤を紹介してもらい、不動産を担保に貸付をする仕方などについて教示を受けたことがあったが、その際同被告に、良い客があったら紹介してほしい旨依頼しており、成約には至らなかったが、本件以前にも同被告から客の紹介を受けたことがあった。

被告遠藤は、当時知人と共同して赤坂で芸能プロダクションを経営していたものであるが、以前金融を業とする大蔵産業株式会社に勤務していたことがあり、その後独立して右芸能プロダクションの経営を始めた後も金融仲介の仕事を行っていた。

被告神山は、肩書住所地でビニール加工業を営むものであるが、昭和五七年ころ金融の仲介をしたことで大蔵産業株式会社に勤務していた被告遠藤と知り合い、以後本件に至るまで、被告遠藤が独立した後も同被告に頼まれて、何度となく金融の客を被告遠藤に紹介していた。

(二)  被告神山は、暴力団関係者で埼玉県熊谷市でスナックを経営していた吉野とは二〇年来の知り合いであり、同人の依頼で大蔵産業株式会社に金融の仲介をしたこともあったが、昭和五八年六月ころ、知り合いの吉野良雄から、神奈川県藤沢市に約九〇坪の更地があり、所有者は鎌田正策であるが、これを担保に三五〇〇万ないし四〇〇〇万円の融資を受けることを希望している者がいるので融資先を紹介して欲しい旨の依頼を受けたので、これをそのまま被告遠藤に伝え、融資先の仲介を頼んだ。

(三)  被告遠藤は、被告神山から聞いた土地(本件土地)の登記簿謄本を取り、公図を確認のうえ現地を調査したところ、更地で六〇〇〇万円位の価値があり、担保権も設定されておらず、申出のあった融資の担保とするには問題のない物件であったので、同年七月末ころ高野を通じ、かねて依頼を受けていた原告に融資の問合わせをし、右調査の結果も伝え、本件土地の登記簿謄本、公図や被告遠藤が撮影した現地の写真を矢野のもとに届けた。しかし、原告からその返事がすぐにはなかったことや矢野から聞いていた金利が高かったこともあり、しばらくして被告遠藤は、他の融資先をあたるべく原告への融資依頼を断る旨高野に連絡した。このため高野は、その後になって矢野から融資を承諾したい旨の連絡を受けたが、先方から断られたことを伝えた。

(四)  この間被告遠藤は、被告神山に対し、鎌田正策の人物や融資を必要とする理由などについて問い合わせ、宮城県古川市に住む事業家で赤坂に事務所を設け包丁を販売する仕事を始めようとしていることなどの説明を受け、商品の写真を示されたりしたが、これは被告神山が吉野に問い合わせて受けた説明をそのまま伝えたもので、被告神山も、被告遠藤も、それぞれ知らされた情報を独自に調べることはしなかった。

(五)  そして被告遠藤は、被告神山に所有者本人と直接会いたい旨頼んだので、被告神山は吉野に同様のことを頼んだが、これはすぐには実現せず、同年八月下旬ころになってようやく吉野から鎌田正策本人であるとして自称鎌田を引き合わされたが、被告神山は、吉野及び自称鎌田の言を信用し、自称鎌田が鎌田正策本人であることに疑いを抱かなかった。

(六)  そこで、被告神山は同月三〇日ころ、吉野と自称鎌田を伴って被告遠藤と会い、自称鎌田を鎌田正策本人であるとして紹介し、融資先の仲介を頼んだ。被告遠藤は、それまでの被告神山とのやりとりから、同被告が鎌田正策を直接知っているのではなくその間にも仲介者がいることを察していたが、吉野も同行したことにより、同人がその仲介者であることを理解した。

被告遠藤は、その席で自称鎌田から本件土地の登記済権利証、印鑑証明書、住民票の書類を示されたので、同人が鎌田正策本人であることに疑いを抱かず、直ちに自称鎌田らを伴って知り合いの金融業者を何か所か訪れたが、業者側は融資実行まで調査に一〇日前後かかるとしたのに対し、自称鎌田が早急に金がいるとして融資金の入手を急いだため話がまとまらなかった。このため被告遠藤は、被告神山から何とかしてやって欲しいと頼まれていたこともあって、一旦断っていた原告に再度依頼することとし、同月三〇日、高野及び安田と連絡を取り融資の内諾を得て、翌日安田宅を訪れる約束をした。

(七)  翌八月三一日、安田宅に矢野、高野、被告遠藤及び自称鎌田が集まり、被告遠藤が自称鎌田を借主の鎌田正策本人と紹介した。自称鎌田は、仙台で事業をしていること、新たに包丁セットを全国的に販売する事業を始めるため赤坂に事務所を設けたこと、その事業のため既に運送会社とも契約ができており、早急に資金がいることなどを説明し、被告遠藤は、自称鎌田とは前日初めて会ったばかりでその身元や事業内容も被告神山から伝え聞き商品の写真を見せられたに過ぎないのに、その包丁セットは自分も見たことがあり確かなものであること、赤坂の事務所は被告遠藤の事務所の近くであるなどと告げ、あたかも被告遠藤が自称鎌田の事業内容を直接知っているかの如く説明した。そして、他の融資先との間で話がまとまらなかった理由について、自称鎌田はブローカーがいろいろ介在して不安になったためであるとの説明をしたが、被告遠藤もあえてこれを否定しなかった。

そして被告遠藤は、自称鎌田を代弁する形で、安田及び矢野と融資の条件を確認し、自称鎌田の希望する金額三〇〇〇万円と登記関係等に要する費用一〇〇万円との合計額に返済日までの月二・八歩の割合による利息を上乗せした三五〇〇万円を原告が貸付け(交付する額は三一〇〇万円)、その担保として、自称鎌田の申出により、本件土地を売渡した形で原告への所有権移転登記手続きをし、昭和五九年二月末までに貸金の返済がなされたときは、右登記名義を鎌田正策に戻すことで合意した。そして、被告遠藤の用意した用紙に自称鎌田が鎌田正策の住所氏名を自署、押印し、本件土地の売渡承諾書、売買契約書、登記の委任状、三五〇〇万円の借用証書を作成し、司法書士の高野が、右作成にかかる委任状のほか自称鎌田が持参していた本件土地の登記済権利証、印鑑証明書、住民票を受け取り、所有権移転登記手続をするに必要な書類が揃っていることを確認のうえ、登記申請書作成のためこれら書類を預かり、翌日横浜地方法務局金沢出張所において所有権移転登記の申請をすることとした。

そして、自称鎌田は、当日融資金の半額でも受領したい意向を示していたが、同人は原告側にとって初対面の相手であり、かつ名刺も含めその身元を示すものを何も所持していなかったため、原告側の申出により、金員の交付は翌日登記申請書類を登記所に提出するのと引換えとすることとし、矢野及び安田は、その際身元を確認できるものを持参するよう自称鎌田に依頼した。

なお、鎌田正策の登記簿上の住所地は宮城県古川市であったが、自称鎌田の持参した住民票では同年六月三日に東京都港区赤坂四丁目四番一七号に転居したとされており、前記印鑑証明書上の住所もこれと同様であった。

(八)  翌九月一日、矢野、安田、高野の事務所の事務員、自称鎌田、被告遠藤のほか、前日被告遠藤から融資が実行されるとの連絡を受け、報酬受領を期待した被告神山が登記所に集まり、その場で被告遠藤は、矢野及び安田に対し、同人らとは初対面の被告神山を紹介し、ビニールハウスを作る仕事をしており、被告遠藤とは古くからの知り合いで、融資の仕事を手伝ってもらっていること、自称鎌田と被告神山とは以前から面識があり、本件の融資の話も被告神山からのものであると説明した。また被告神山も、自称鎌田との関係について被告遠藤の言葉を肯定し、古くからの知り合いである旨説明した。

安田及び矢野は、自称鎌田に対し、前日頼んでおいたとおり身元を示すものを見せてほしいと要求したところ、自称鎌田は、その類のものは所持していないと述べたうえ、着用していたワイシャツの裾を引き出し、クリーニング店がつけたものであるとしてそこにインクで書かれた「カマタ」の文字を示したため、恐縮した矢野と安田はあえてそれ以上身元の証明を求めることをしなかった。

そこで、高野の代理で来ていた事務員が、前日高野が預かっていた前記登記済権利証、印鑑証明書、住民票、登記申請の委任状と高野が作成しておいた登記申請書(鎌田正策の住所表示変更登記及び所有権移転登記用のもの二通)を登記所窓口に提出したが、その際安田が融資額のうちとりあえず一〇〇万円を自称鎌田に交付し、同人がその中から登録免許税として納める五一万〇六〇〇円を田中に渡した。そして、登記所から受領証が交付された後、原告側から自称鎌田へ三〇〇〇万円の金員が交付された。なお、自称鎌田は、当日公正証書作成に必要な委任状の作成にも応じた。

(九)  ところが、登記官の調査の結果、前記登記済権利証、印鑑証明書、住民票は、いずれも極めて巧妙に偽造された文書であることが判明し、右登記申請は、九月七日付でいずれも却下され、自称鎌田も鎌田正策本人ではなく、実は中島肇なるものであり、原告は詐欺にあったことが明らかとなった。

すなわち、吉野は、知り合いの高橋勝作が前記登記済権利証等の書類を入手したのを奇貨として、同人とともに右書類を冒用(右書類は一見真正なものの如く極めて精巧に偽造されており、同人がこれを偽造書類と知って本件に及んだものか否かは明らかではない。)して金員を詐取することを計画し、被告神山に融資先の紹介を頼む一方、相手を信用させるため、知り合いの中島に本件土地の所有者である鎌田正策本人になりすますよう頼み、これを承諾した中島が、被告ら及び矢野、安田に対し、自称鎌田として吉野の作った筋書きどおりに行動し、前示のとおりの経緯により、原告から三一〇〇万円を詐取するに至ったものであった。

(一〇)  なお、原告が自称鎌田に交付した三一〇〇万円のうち登録免許税にあてられた五一万〇六〇〇円は、登記申請が却下されたことに伴い原告に返還されたが、残余の三〇四八万九四〇〇円は、中島ら三名で分配され、今日まで返還されていない。

また、被告遠藤は被告神山に、被告神山は自称鎌田もしくは吉野に、それぞれ本件融資の仲介をしたことによる手数料ないし謝礼を請求するつもりであったが、融資金授受の当日はその支払いがなされないまま、結局原告が詐欺にあった事実が判明したため、これを得るに至らなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  そこで、前記認定事実に基づき、被告らの不法行為責任について判断する。

(一)  原告は、被告らが中島ら三名と共謀のうえ本件詐欺行為に及んだ旨主張するが、中島ら三名と被告らとの間の共謀の事実はこれを認めるに足りる証拠がなく、かえって前認定のとおり、被告らもまた、吉野、中島から中島が鎌田正策本人であると騙され、情を知らぬまま中島ら三名による本件犯行に利用されたに過ぎないことが認められるので、右の主張は失当である。

(二)  ところで、被告遠藤は、融資の仲介をも業とするものであり、被告神山から融資を求めている自称鎌田を紹介され、同人と原告との融資を仲介したものであるが、自称鎌田は宮城県という遠隔地に本来の住所を有する全く初対面の者であり、紹介者の被告神山にとっても同様に他から頼まれたもので直接面識がある者でないことは承知しており、かつ、自称鎌田が、登記簿上十分に担保価値のある物件を所有するのに、三〇〇〇万円もの多額の金を銀行などの金融機関からではなく、埼玉県に住みいわば金融ブローカーのようなことをしている被告神山ら何人かの者を介し、いわゆる町の金融業者から融資を受けようとしていたうえ、他の金融業者をあたった際には融資金額から当然考えられる調査の期間も待てないとして融資をしきりに急ぐ態度を示したのであるから、自称鎌田が一見真正とみえる登記済権利証などの登記必要書類を所持し、融資金の使途についてもっともらしい説明をしていたとはいえ、その言動からは真実権利者による融資申込であるかに疑念を抱いてしかるべきであり、したがって、原告に融資の仲介をなすにあたっては、担保物件の調査のみならず、自称鎌田の身元や融資を必要とする事情について、その説明の裏付を取る調査をなすべき注意義務があったということができる。

しかるに、被告遠藤は、右調査をなさないまま、被告神山、自称鎌田の説明を鵜のみにし、自称鎌田が鎌田正策本人であり、現実に赤坂に事務所をもうけ、被告神山から写真を見せられた包丁セットの販売の事業を始めようとしているものと誤信して、前認定のとおり誤った認識を矢野及び安田に伝え、なおかつ、被告神山を矢野及び安田に紹介した際も、同被告と自称鎌田との関係が前示のようなものに過ぎないのに、被告遠藤の信用する被告神山が自称鎌田を良く知っているかのように告げ、自称鎌田の身元を裏付ける態度を取ったもので、被告遠藤には、融資仲介にあたってなすべき注意義務を怠った過失があるというべきである。

(三)  また、被告神山は、直接原告に融資の仲介をしたものではなく、吉野から頼まれて自称鎌田を被告遠藤に紹介したものであるが、以前から被告遠藤に融資依頼の話を取次ぎ、本来の職業ではないとはいえ金融ブローカーまがいのことをしていたものであり、本件融資に関しても、被告遠藤に対し、積極的に融資実現のため働きかけ、融資実行の際は紹介者としての報酬を得るべくこれに立ち会ったもので、その関与の態様からは、単なる紹介者というよりはむしろ被告遠藤と共同で仲介をなしたに近い立場にあるところ、被告神山に自称鎌田を紹介した吉野は暴力団関係者であるうえ(吉野とは長年の知り合いである被告神山がこれを知っていたであろうことは容易に推認し得る。)、そのような吉野を通じて本件のような多額な融資を求めてきた自称鎌田の言動には、被告遠藤について先に示したと同様の理由で不審な点が少なからずあったから、右のような形で本件融資に関与する以上は、被告神山としても自称鎌田の身元等について被告遠藤について示したと同様の調査をなすべきであったといえる。

しかるに、被告神山もまた、これをなさないまま、自称鎌田及び吉野の説明を誤信し、被告遠藤に自称鎌田を鎌田正策本人として紹介し、融資実現を積極的に依頼したのみならず、融資実行の当日、被告遠藤から矢野及び安田に自称鎌田とは以前から面識のある者と紹介された際、右誤った認識のもとに、安易にこれを肯定する態度を取ったもので、本件取引関与にあたっての過失ありというべきである。

3  次に、被告らの過失ある行為と原告の損害との間の因果関係について検討するに、本件において、原告が本件土地所有者との間で右土地を担保とする消費貸借契約を有効に締結できるものと誤信するに至ったのは、自称鎌田が極めて巧妙に偽造された登記済権利証、印鑑証明書、住民票と右印鑑証明書の印影と同一の印鑑を所持し、終始鎌田正策本人であるかのようにもっともらしくふるまったことが主な原因であると解されるが、それのみならず、自称鎌田の身元保証につながる被告らの前示のような行為もその一因であったことは十分推認し得るところである。

しかし、原告においても、初対面の自称鎌田に高額の融資を行うにあたって、同人が鎌田正策本人であることを確認する調査を自らなすべきは当然のことであって、そうであればこそ、矢野及び安田も、被告らの言動のみに頼らず、なお自称鎌田に対し身元を確認しうる資料の提示を求めていたにほかならない。したがって、自称鎌田がこれを提示できなかったにもかかわらず、同人がワイシャツの裾を引き出し、クリーニングの際入れられたネームであるかの如くそこに書かれた「カマタ」の文字を示すという、意表をついた行動に出たことにより、それが必ずしも本人確認につながるものではないにもかかわらず、それ以上右確認をすることをしなかった原告側の過失もまた否定できないところである。

そして、本件の事実経過を全体として見るに、本件は基本的には吉野ら三名が仕組んだ欺罔行為に被告ら及び原告が騙されたものであるが、その過程で、右欺罔行為により錯誤に陥った被告らの過失ある行為が関与し、これと同程度の原告自身の過失も相まって、最終的に被害を被るに至ったものであるということができるところ、過失相殺の法理及び公平の観点に照らせば、被告ら両名の本件への関与の割合を三分の一とみ、かつ原告の右過失を考慮してその二分の一、すなわち原告の損害の六分の一についてのみ、被告らの過失との因果関係を認めるのが相当である。

4  しかるところ、原告が中島ら三名に詐取された三一〇〇万円のうち、登録免許税に充てられ、後に返還された五一万〇六〇〇円を除く三〇四八万九四〇〇円は、これを原告の損害と解することができるので、被告らは共同の不法行為により、右の六分の一にあたる金五〇八万一五六六円について賠償義務がある。

二  請求原因5の約定に基づく請求について

《証拠省略》によれば、自称鎌田の所持していた前記登記必要書類が偽造にかかるものであって登記ができないことが明らかになった直後の昭和五八年九月六日、安田、矢野、高野及び被告らの五名は、藤沢警察署に呼び出されて事情聴取を受け、その帰途喫茶店に立ち寄ったが、その席で、安田及び矢野は被告らと高野に対し、長時間にわたり、本件被害の責任を強く追求し、三〇〇〇万円の半額である一五〇〇万円は被告ら及び高野の三名で負担するよう求め、押し問答になったが、何からの言質を与えない限りその場から帰れない雰囲気であったので、右被告ら三名は、連名で原告宛に「今般鎌田正策と有シテファクタとの件につき多大な御迷惑をお掛けした事をおわび致します。来る九月八日に金壱百万円を持参し残金壱阡四百万円に付いては当日相談致します」と書いた念書と題する書面を作成し、これを矢野及び安田に交付したことが認められる。原告は、右により、被告らと原告との間で、被告らが一五〇〇万円の支払いをする合意が成立したと主張するが、右念書の文面を客観的に解釈する限り、具体的に日時を定めて持参するとした一〇〇万円の範囲ではともかく、その余の一四〇〇万円についてまで支払いの意思を表明したものとは解されず、他に原告主張の合意を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告が不法行為による損害賠償請求権と選択的に主張する右支払いの合意については、先に判示したとおりの損害賠償義務を超える額を認めることはできない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告ら各自に対し、金五〇八万一五六六円及びこれに対する損害発生の日である昭和五八年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三代川三千代)

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